近年、企業を取り巻く環境は激しく変化しています。顧客ニーズの多様化、グローバル競争の激化に加え、新型コロナウイルスのような感染症の流行や国際情勢の不安定化など、企業経営に大きな影響を与える出来事が相次いでいます。こうした状況下においては、業務プロセスの変更や新しいサービスの立ち上げを素早く実現でき、市場環境の変化にも遅れず対応できる柔軟なIT基盤の整備が不可欠です。
そしてその整備の中心となるのが、企業の業務を横断的に支えるERPです。しかし、従来のERPは多くの機能が1つに組み込まれた「一枚岩」のような構造になっており、システムの一部を変更するだけでも全体に影響が出てしまいます。そのため、ビジネスの変化に柔軟に対応しづらいという課題がありました。そうした中、注目されましたのが「コンポーザブルERP」というアプローチです。
今回は、コンポーザブルERPが求められる背景やその基本概念、導入によって得られる効果、導入時の注意点をわかりやすく解説します。
なぜ今、ERPの新しいアプローチが求められているのか?
従来のERPが持つ「ビジネスの変化に柔軟に対応しづらい」という課題に対して、注目されているのが「コンポーザブルERP」というアプローチです。ここではその背景を解説します。
・従来型ERPの限界
ERPは、企業の中核業務を一元的に管理するシステムとして多くの企業に導入されています。従来のERPは、業務の標準化と情報の一元化を実現することで、効率的な運用を支えてきました。しかし、その多くはモノリシック(一体型)な構造を持っており、機能追加や変更に多大な工数・コストを要する点が課題でした。また、特定ベンダーへの依存度が高く、自社の業務変化に応じた柔軟なカスタマイズが難しいケースも少なくありません。結果として、変化に追随できないERPが却って業務効率や競争力を損なう要因となることもあるのです。
・DX推進におけるERPの重要性
現在、多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を戦略課題として位置づけています。DXの実現には、企業全体のデータ活用と業務変革を支えるプラットフォームの存在が不可欠です。ERPは、その中核を担う存在として再評価されています。部門横断のデータをリアルタイムに取得・分析できるERPは、迅速な意思決定と業務改善を後押しします。しかし、DXの推進には新しいサービスの立ち上げや、業務プロセスの見直しを短期間で行う機動力が求められます。従来型のERPでは、こうしたスピード感ある変革に対応しきれないという課題があります。こうした背景のもと、変化に強く、機能を柔軟に組み替えられる「コンポーザブルERP」が新たな選択肢として注目を集めているのです。
このように、従来型ERPの構造的な制約とDX推進におけるスピードと柔軟性への要求が高まる中で、「より進化したERP」の必要性が明確になってきました。そこで求められるのが、変化に対応しながら持続的な成長を可能にする柔軟な仕組みである「コンポーザブルERP」です。
コンポーザブルERPとは?
変化の激しいビジネス環境において、柔軟かつ迅速な対応を可能にするERPの新たな形として期待されているコンポーザブルERPですが、そもそも何かという定義と共に、従来型ERPとの違いや構造的な特徴を紹介します。
・コンポーザブルERPの定義
コンポーザブルERPとは、「必要な機能を必要なときに組み合わせて使えるERP」のことを指します。この概念は、アメリカのIT調査会社ガートナー(Gartner)が提唱した「コンポーザブル・ビジネス(分解して組み替えられるビジネス)」に基づいており、変化に柔軟かつ迅速に対応するための新しいERPの考え方です。従来のように一括導入するのではなく、経理・人事・在庫など業務ごとにモジュール単位で構築・拡張できる点が特徴です。これにより、自社の業務特性に応じた最適なシステムを構築することが可能になります。
・従来型との違い
従来型のERPは、すべての機能が1つの大きなシステムに統合されており、変更には大きなコストと時間がかかりました。一方、コンポーザブルERPは機能ごとに独立しており、必要な部分だけを導入・交換できる点が大きな違いです。これは「マイクロサービス」と呼ばれる、小さな機能単位でシステムを構成する設計に基づいており、各機能が独立しているため柔軟に構成変更でき、クラウド環境との親和性も高く、常に最新技術を取り入れられるのが強みです。
・柔軟性をもたらす構造的特徴
この柔軟性は、各機能が疎結合(機能同士ができるだけ独立しており、お互いに影響を与えにくい設計)でAPI連携されている構造にあります。モジュールを簡単に追加・変更できるため、業務の変化にすばやく対応可能です。また、個々のモジュールが独立しているため、業務部門が専門的なプログラミング知識なしでも直感的に操作やカスタマイズがしやすいノーコード/ローコードツールとの親和性が高く、結果としてIT部門への依存を抑えながら、業務改善と継続的な進化が実現できます。
コンポーザブルERPは、従来の課題を克服し、企業が持続的に成長していくための柔軟な基盤として注目されています。自社の変化に合わせて自在にシステムを構築できるこの新しいERPの考え方は、これからの企業IT戦略の中心になりえます。
導入で得られる主なメリット
自社の変化に合わせてシステムを構築できるコンポーザブルERPのアプローチを採用することにより、企業は次のようなメリットを得ることができます。
①ビジネス変化への即応性
コンポーザブルERPは、モジュール単位で独立した構造を持つため、急激なビジネス環境の変化にも柔軟かつ迅速に対応可能です。新規事業の開始や海外拠点の設立、法制度の改正があっても、必要な機能だけを選んで素早く導入・改修できるため、システム全体を大きく作り直す必要がありません。これにより、変化に強いIT基盤を築き、市場の動きにスピーディに対応できるため、競争力の向上に直結します。
②コストとリスクの最適化
段階的に導入できるため、初期投資を抑えつつ、実際の効果を確認しながらシステムを拡張できます。従来の一括導入では大きなコストと運用リスクが伴いましたが、コンポーザブルERPなら過剰な機能を抱え込まず、必要な部分だけを導入しながら運用リスクを分散可能です。結果として、長期的なITコストの削減と業務継続性の向上につながります。
③現場主導の業務改善が可能に
業務部門が専門的なプログラミング知識なしでも直感的に操作やカスタマイズがしやすい、ノーコード/ローコードツールとの連携により、業務部門が自らシステムの改善を行いやすくなります。現場のリアルなニーズに即した迅速な業務改善が実現し、業務効率と従業員満足度の向上に貢献します。また、こうした現場主導の改善は組織全体の生産性向上やITと業務の連携強化を促進します。
コンポーザブルERPは、変化に迅速に対応できる柔軟性、導入コストやリスクの分散、そして現場主導の業務改善を実現します。これにより企業は効率的なシステム運用を進めながら、段階的なDX推進が可能となり、競争力強化や業務効率向上に寄与します。
導入のステップと注意点
実際にコンポーザブルERPを導入する際には、段階的な進め方と綿密な準備、そして技術・運用面の課題への適切な対応が不可欠です。ここでは、導入の進め方と注意すべきポイントを解説します。
・導入アプローチの選択
コンポーザブルERPは一括導入も可能ですが、リスクを抑え、現場の理解を深めるためにスモールスタートが推奨されています。例えば、特定の部門や業務から導入を始め、そこで得られた成果や課題を確認しながら段階的に範囲を広げていく方法です。この手法により、システム変更の混乱を最小限に抑えつつ、業務ニーズに合った柔軟な拡張が可能になります。
・成功のカギを握る準備と体制
導入を成功させるには、まず現状の業務やシステムの課題を正確に把握し、必要な機能や既存システムとの連携要件を整理することが重要です。複数のモジュールを組み合わせる際は、データの一貫性や業務フローの統一には特に注意が必要です。
また、業務部門とIT部門が密に連携し、役割分担や管理体制を明確化することが欠かせません。これにより、導入後も円滑な運用と継続的な改善が期待できます。
・技術面・運用面での注意点と対策
異なるベンダーのモジュールを組み合わせる場合、仕様や運用ポリシーが異なるため、連携不具合やセキュリティリスクが生じやすくなります。そのため、障害発生時の責任範囲やサポート体制を事前に明確にし、スムーズな対応ができるようにしておきます。さらにリアルタイムでのデータ連携設計やシステム変更の管理、アクセス権限の適切な設定といったガバナンス強化も必要です。こうした課題を事前に把握し、対策を講じることで、安全で安定したシステム運用が実現します。
コンポーザブルERPの導入は、単なるシステム刷新ではなく、企業の変化対応力と競争力を飛躍的に高めるための戦略的な一歩です。段階的に進めながらしっかり準備し、技術・運用面の課題に対応することで、柔軟かつ安定したIT基盤を築き、持続的な成長を支えることが可能になります。
まとめ
コンポーザブルERPは、従来の一体型ERPと比べて柔軟性や拡張性に優れており、今後さらに多様な業務ニーズに応えて進化していくことが期待されています。
特にAIや自動化との連携が進むことで、業務効率化やデータ活用の高度化が実現しやすくなります。また、APIを活用した他システムとの連携により、企業のIT環境全体がよりスムーズに統合されていくでしょう。こうした進化は、企業が変化に迅速に対応し、継続的な業務改善を進めるための強力な基盤となります。
自社の業務を市場の変化に対応させようとする場合、コンポーザブルERPは有用な手段になりえますので、導入のメリットやポイントを考慮しながら検討することをお勧めします。
■なぜ今、ERPの新しいアプローチが求められているのか?
・従来型ERPは一体型で、機能追加や変更に多くのコストと工数がかかり、柔軟な対応が難しい。
・ERPはデータ活用と業務変革の中心だが、従来型では変革のスピードに対応できない。
・コンポーザブルERPは柔軟性と機動力を持ち、変化に強い選択肢として注目されている。
■コンポーザブルERPとは?
・業務ごとのモジュールを必要に応じて組み合わせ、柔軟で最適なシステムを構築できる。
・従来型は一体型だが、コンポーザブルERPはモジュール構成で、機能追加や交換が簡単でクラウドとの相性が良い。
・疎結合モジュールとAPI連携により、迅速な変更が可能。ノーコード/ローコードとも相性が良く、現場での改善を支援する。
■導入で得られる主なメリット
・モジュール単位で機能を追加・変更でき、市場変化や制度改正にもすぐ対応できる。
・段階導入により初期投資を抑え、リスク分散とITコスト削減が可能である。
・ノーコード/ローコード活用で、業務部門が自らカスタマイズや改善を行い、効率向上とIT連携を強化できる。
■導入のステップと注意点
・特定部門から始めて成果を確認し、段階的に拡張することでリスクを抑え柔軟に展開できる。
・業務課題と機能要件の整理、業務部門とIT部門の役割分担と連携体制が成功の鍵となる。
・ベンダーの仕様差による不具合やセキュリティリスクに備え、ガバナンスとサポート体制の整備が重要となる。