企業経営においては、売上・コスト・利益といった数値をどのように分析して経営判断に活かすかが非常に重要です。そうした数値をもとに、ヒト・モノ・カネなどの経営資源を利益に結びつけるための配分を見直したり、商品ごとの採算性を把握して改善につなげる手法が「管理会計」です。これは経営効率を高めるうえで有効ですが、過去データに偏りやすく、「市場の動向や顧客ニーズの変化」といった要素や、「これからどうすれば利益を高められるか」といった視点を織り込みづらいという課題も抱えています。
そのような課題を補うためのアプローチである「戦略会計」は、外部要因を加味した複数のシナリオから数値分析することで、未来志向の経営判断を支援します。中でも「MQ会計」は、限界利益単価(Margin)と販売数量(Quantity)を掛け合わせることで、利益構造をシンプルに見える化します。これは現場にも伝わりやすい数値のため、経営層の判断に対して納得感をもって取り組むことができます。以下では、管理会計の課題から出発し、戦略会計の活用方法、そしてMQ会計の考え方と実践方法を紹介します。
管理会計の役割と課題
「管理会計」とは、社内での意思決定や業績管理のために活用される会計アプローチです。外部向けの報告を前提としている財務会計とは異なり、経営判断に使うことを目的としています。代表的な手法には、あらかじめ決めた基準原価と発生した原価を比較する標準原価計算や、部門別の損益管理、予算と実績の比較(予実管理)、費用対効果の分析などがあります。これらは、資源を効率的に使用したり、部門ごとの採算性を把握したりするのに役立ちます。
しかしながら、管理会計にはいくつかの課題があります。第一に、過去の実績データの活用が中心となるため、将来を見据えた経営判断がしづらい点です。その結果、実績の集計や差異分析に偏りがちで、市場や競合の変化を織り込むことが難しい傾向にあります。昨今の変化の激しい経営環境下では、こうした過去中心の分析だけでは、将来に向けて実現性の高い対策を導き出すことが困難です。
第二に、取り扱うデータが社内の数値に限定されていることです。それでは自社の売上・コスト・利益といった指標は把握できても、顧客ニーズや競合動向、業界全体のトレンドといった外部要因が反映されないため、狭い世界観での分析になってしまいます。そのため、経営判断の材料としては、不十分な可能性があります。
第三に、数字の背景にある業務プロセス上の課題を真因まで掘り下げることが難しい点です。たとえば、部門別損益で赤字がでていても、どの業務が非効率なのか、どこにコストが偏っているのかといった具体的な原因までは把握しづらいです。その結果、改善を試みてもポイントがズレてしまい、思いのほか成果が出ないこともあります。
このように、管理会計は経営に役立つ情報を提供する一方で、課題を抱えているのも事実です。だからこそ、外部データの活用や業務プロセスの可視化といったアプローチと組み合わせて活用することが重要です。管理会計を出発点としつつ、より戦略的な視点で判断材料を整備する取り組みが、企業経営には求められます。
戦略会計による経営判断の強化
管理会計の課題を解決するためには、戦略的な意思決定をするために、より未来志向の多角的なデータが必要です。その手段として有効なのが「戦略会計」です。戦略会計とは、将来の経営環境を見据え、企業の競争優位や持続的成長を支援するための会計アプローチであり、過去の実績にもとづく「管理会計」を補完・発展させるためのものです。
まず、戦略会計では将来のシナリオ分析が重視されます。これは、単に予算と実績の差異を確認して分析するだけではありません。売上や原価などの主要変数を動かした場合に、利益やキャッシュフローがどう変化するかをシミュレーションし、何を変えれば利益が出るのかという視点から、経営判断の選択肢を増やす目的があります。
次に、戦略会計では社内データだけでなく、外部環境の変化を織り込むことが求められます。顧客のニーズ、競合の動向、市場の成長性や規制緩和・強化など、売上やコストの前提条件を加えることで、より実態に即した判断が可能になります。内部データだけに依存した分析では、このような環境変化への対応が後手になるリスクがあります。
さらに、戦略会計では利益構造の因果関係を明確にすることが可能です。単なる損益の数字だけでなく、「なぜこの商品は利益を出せているのか」、「どの活動がコスト増の要因となっているのか」といった構造を可視化することで、経営資源の選択と集中につながる具体的なアクションをとることが可能です。
このように戦略会計は、「過去ではなく未来に向けた分析」、「外部環境を踏まえた前提条件の設定」、そして「因果関係にもとづく意思決定支援」という3つの点から、従来の管理会計の課題を補完し、より実態に即した経営判断を手助けするための手法です。
戦略会計の手法:MQ会計の基本的な考え方
戦略会計の手法のひとつとして注目されているのが「MQ会計」です。これは、Contribution Margin(限界利益)をベースとし、企業の利益構造をシンプルかつ直感的に可視化する会計アプローチです。「M(限界利益単価)× Q(販売数量)」という非常に単純な数式から成り立っているので、誰でも理解しやすいのが特徴です。
限界利益とは、売上から変動費を引いた利益であり、固定費を回収し、企業としての利益を確保するための計算に使われます。MQ会計では、この限界利益に着目することで、売上の大小ではなく、「どれだけ利益に貢献しているか」という視点から、商品や顧客、取引先を評価することができます。
MQ会計の大きな特長は、数字を通して「それぞれの商品に対する業務がどれだけの利益を生み出しているか」や「収益にもっとも貢献している商品」を把握できる点です。また、数式が単純なため、経営層だけでなく現場の営業・開発担当者なども理解しやすいので、全社的に納得感をもって経営判断に従うことが可能になります。
その活用法では、単に売上の多寡を見るのではなく、貢献度の高い商品や顧客に焦点を当てることが可能です。たとえば、売上は高いが粗利が低くMQの小さい商品を見直したり、反対にMQの大きな商品にリソースを集中させるといった戦略的判断が可能です。さらに、限界利益単価(M)を高めるか、販売数量(Q)を伸ばすかといった改善の方向性もシンプルに明示できます。
加えて、MQ会計は経営環境の変化も柔軟に織り込むことができます。たとえば、原材料価格や市場価格の変動、顧客ニーズの変化、競合の動向といった外部要因を踏まえて、MやQの前提条件を変更しながらシナリオ分析を行うことで、より現実的な戦略判断が可能となります。こうした柔軟性・汎用性の高さも、MQ会計が戦略会計の中で注目される理由の一つです。
戦略会計の実践:MQ会計の活用法
MQ会計を実務に取り入れる際には、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。まずは、M(限界利益単価)とQ(販売数量)の定義を、部門・商品・拠点などの評価単位ごとに統一することが大切です。定義が曖昧なままでは、比較や分析結果にばらつきが生じるため、全社で一貫したルールを設ける必要があります。
たとえば、Mは「売上から変動費を差し引いた金額」とされますが、その変動費には原材料費、販売手数料など何を含めるのかを明確にする必要があります。また、Qについても、商品別・拠点別など、どの単位で数量を集計するのかを事前に決めておくことで、分析の比較性と再現性を担保できます。こうした前提条件を整備しておくことで、分析の精度が高まり、ブレのない経営判断が可能になります。
具体的な活用例としてまず挙げられるのは、「売れても儲からない商品の見直し」です。MQ会計を使えば、見た目の販売数は多くても利益への貢献が少ない商品を見つけることができます。こうした商品は、値上げを検討したり、顧客層や市場といった販売対象の見直しが有効です。また、似たような競合商品との価格差や、どの程度値上げしても顧客が購入してくれるかという視点を踏まえて、より収益性の高い商品へ経営資源を再配分することが可能になります。
また、MQ会計は新商品開発時の価格設定にも役立ちます。多くの企業では、コストや競合価格、過去の販売実績などを参考に価格を決めていますが、それだけでは目標利益を達成できないことがあります。しかし、MQ会計は目標利益から必要な販売数を逆算できるため、より現実的で戦略的な販売計画が立てやすくなります。その結果、営業と開発が共通の目標に向かって連携しやすくなり、価格と販売戦略の整合性も高まります。
さらに、拠点別の採算管理にもMQ会計は有効です。単に売上だけでは分かりにくい各拠点の利益貢献度を可視化できるため、収益性の低い拠点の統廃合や、伸びしろのある地域への人員・設備の再配置といった判断にも活用できます。また、地域ごとの市場規模や競合状況などの外部要因もあわせて検討することで、組織全体の最適化を図ることができます。
このように、MQ会計は単なる分析ツールにとどまらず、戦略的な経営判断を支えるツールとして活用されます。
まとめ
経営においては、数値をもとに「何を変えれば利益が生まれるのか」を判断しなければなりません。従来の管理会計は過去データに依存しがちなため、こうした将来の予測に課題がありました。それに対し、戦略会計は外部環境の変化を織り込んだ分析が可能です。中でもMQ会計は、利益構造を直感的に可視化できるシンプルな手法です。そのため、経営判断に対して現場を含む全社で納得感を持ち、行動につなげることができます。
管理会計の課題
・過去データ中心で、将来の判断に活かしづらい。
・社内の数値だけで分析が完結してしまう。
・数値の裏にある業務の問題点をつかみにくい。
戦略会計による経営判断の強化
・何を変えれば利益が出るかをシミュレーションできる。
・顧客や競合、市場の変化を織り込んだ分析ができる。
・利益が生まれる仕組みを明らかにし、集中すべき分野を判断できる。
戦略会計の手法:MQ会計の基本的な考え方
・M(限界利益) ×Q(数量)で利益構造をシンプルに可視化する。
・数式が簡単で誰でも理解しやすい。
・商品ごとの利益貢献度がひと目でわかる。
戦略会計の実践:MQ会計の活用法
・販売数が多くても儲からない商品を特定できる。
・目標利益から必要な販売数を逆算し、現実的な計画が立てられる。
・拠点ごとの利益を可視化し、統廃合や人員再配置に活かせる。