中国における労務環境の実状と内部監査の対応

2020年07月22日

 

近年、中国では経済成長に伴い、労働者に対する権利保護の意識が高まってきており、中国現地法人の主要リスクとして、会計・財務以外に労務関連リスクが挙げられます。労務リスクは、相対的に考慮する要素が多いことから、経営に影響を及ぼすことが認識されつつあります。そのため、日本本社による労働基準法の順守や人的資源管理に対する監査の重要性が高まります。今回は中国の人事労務における実状や中国子会社の内部監査ポイントについて解説します。

 


中国の労働法の特徴

中国において、労働に関連する法制度はいくつか存在し、主に労使関係と労働条件に関連する「労働法」、雇用契約と労務派遣に関する「労働契約法」、労働組合との関係が規定された「労働組合法」があります。

 

◆地方法令の適応

中国では、地域によって法令の解釈と運用が異なることが多くあります会社の労務管理においても同様で、各地方政府が独自に制定する地方法令が実務の基礎となっており、企業側はそれらを参照する必要があります。例えば、社会保険料率(会社と労働者の負担率)や最低賃金標準等は各地により違いが存在します。

◆雇用形態と採用

中国の雇用形態は、日本のように「正社員」や「契約社員」という区分はありません。臨時およびアルバイト、派遣等の形態はありますが、必要が生じた時に募集・採用しており、中途採用が多いです。また、日本のように、4月に新規学卒を一括採用するという習慣はありません。

◆労働組合(工会)の設置

中国では、労働組合の設立は任意とされています。しかし、労働者には労働組合を設立する権利が認められており、労働者が労働組合の設立を要求した場合には、労働組合の設立を認めなければなりません。労働組合の具体的な役割は、就業規則の制定・改定や一定数(割合)以上の労働者を解雇する場合等において、労働組合との協議や状況説明等が求められますので、比較的重要な意義を持っております。

◆就業規則の特徴

日本では、民間企業の病休に関する法令上の規定はなく、就業規則上にも病休に関する規定が設けられていることは少ないと思います。病気となった場合は、有給休暇を利用して会社を休むのが一般的となっています。中国では、病休に関して、その取得期間や取得した場合の待遇について労働法に定めがあります。

 

中国の労働法の概要

労働基準は、労働者の権利を守るためや、労働者と経営者間の認識の相違を防ぐために参照されるものです。それでは、中国の労働関連法に定められている具体的な基準について確認しておきましょう。

 

◆就業規則

中国では会社設立後、半年以内に就業規則を労働行政部門に届け出ないとペナルティが課される可能性があります。就業規則の施行と重大な改定は、一方的に行うことができず、労働組合または労働者の代表と協議しなければなりません。また、「労働法」に労働者の権利保障を行うべき旨が規定され、就業規則に以下の事項を定める必要があります。

・労働報酬、勤務時間、休息休暇、労働安全と衛生、福利厚生、教育訓練、服務規律、ノルマ管理。

◆労働契約

中国の労働契約は、固定期間契約を前提としており、終身雇用を前提としておりません。契約更新が2回以上行われると無期雇用となるため、長期で同じ企業に勤めるという概念がほとんどありません。さらに、1ヶ月以内に契約を締結しないと罰則(2倍支払)があり、1年以内に締結しない場合は無期雇用となります。また、採用期間は、原則として新入従業員の第一回目の労働契約は3年間の労働契約になります。契約満了時に勤務状態と態度を総合的に評価した後、両者の合意に基づいて労働契約を更新する場合があります。

◆試用期間

試用期間については、契約期間によってそれぞれ異なるため、以下のように分類されています。

契約が3ヶ月以上1年未満の場合は1ヶ月以下であり、1年以上3年未満の場合は2ヶ月以下、3年以上無固定期間の場合は6ヶ月以下となります。

◆労働時間と時間外労働

中国の労働関連法上、標準労働時間は1日8時間で、週40時間以内と定められています。残業時間については、原則として1日1時間、特別な事情がある場合でも1日3時間、1ヶ月36時間の限度が設けられております。また、会社は労働者に対して、週に最低1日の休日を保証する必要があります。そして、残業代は、以下のような割増率で計算されております。

・通常営業日:賃金の50%加算、休日(土日):賃金の100%加算、法定休暇日:賃金の200%加算

◆有給休暇

労働者は、累計で1年以上勤務した場合には、年次有給休暇を取得する権利があります。勤務年数と取得可能な休暇の日数との関係は次の通りです。

・1年以上10年未満:5日、10年以上20年未満:10日、20年以上:11日。

 

※会社が上記の規制に違反して労働者に残業させた場合には、当局による警告・是正命令及び罰金の処分を受ける可能性があります。

 

中国の労務環境の実状

労使関係など職場で起こるさまざまな問題に対処する際、正しく労働基準法を理解しておくことは重要ではありますが、中国特有の事情や労働法への対応策などの現地における実際の状況も把握しておく必要があります。

 

◆労働環境

安価な短期・単純労働力としての大量の農村戸籍労働者は、かつての中国労働市場の特徴でした。収入格差や職場環境などへの労働者の不満が高まり、中国政府は、低賃金労働力が牽引するモデルを見直しました。労働者の権益保護を重視する方向に姿勢を転じたことにより、労働者の意識に大きな変化が生じています。また、長年の一人っ子政策により単純労働者の減少も課題となっております。

◆高い離職率

中国では、転職に伴う離職者が日本よりは多いと言われ、採用難よりも定着・離職問題の方が深刻な状況です。中国の現場労働者は、短期的に働いている者が多く、特に旧正月の前後になると一斉に離職する事例が多くあります。また、現場労働者は知人の紹介で給与がより高く、職場環境がより良い企業へ頻繁に転職するのが現状です。そのため、中国の日系企業においては、質の高い従業員の確保と賃金水準上昇によるコストアップが課題となっています。

◆労働組合

労働組合は、従業員の福利厚生の向上に貢献することが基本的な役割となり、企業の福利厚生課のイメージに近いと言えます。また、企業内で労働争議が発生した場合には、労働組合の主席が就任し、第三者的立場で調停を行います。中国においては、労働組合が実質的な支配政党である共産党の下部組織であるとの位置づけとなっているため、中国政府の方針を実現する機関であるという側面もあり、共産党の方針に従って行動していることが多いです。

◆時間外労働

残業については、月36時間の限度が定められておりますが、中国では数億人の労働者が大都市に手稼ぎに出ています。残業代の割増率も高く見えますが、最低賃金を低く設定しているため、残業代が少なくなると日常生活は厳しくなります。そのため、規制を超えた残業が常態化しているケースも少なくはなく、労働者が長時間の労働を望んでいる場合もあり、当局も黙認しているケースもあるために難しい問題となっています。また、「労働組合および労働者と協議」を経た上で、法定通りの割増賃金を払っていれば、特にお咎めがないのが現状です。

 

中国現地法人の人事労務管理におけるリスク評価を適切に行い、人事労務監査の質を高めるためには、上記のような中国特有の事情を理解したうえで、部監査の対応を行う必要があります。

 

中国拠点の人事労務監査ポイント

これまで内部監査を行う上で理解すべき中国における労働法の概要と労働環境の特徴について説明しましたが、ここでは、人事労務に関連する内部監査での主なチェックポイントを紹介します。

 

◆就業規則の整備

・就業規則が適法かつ合理的な内容で、必要な事項(前述の8つ事項と病休事項など)が網羅されているか。

・就業規則は、現地の顧問弁護士と相談したうえで制定しているか(労務紛争を防ぐため)。

・定期的に見直しを行い、導入すべき制度の漏れや改定がある場合、従業員または労働組合に公示・公知しているか。

◆労働契約の締結

・書面による雇用契約は適時に締結しているか(労働者使用日から1カ月以内)。

・会社の提供した雇用契約書に必要記載事項(労働契約法に準拠)が欠いていないか。

◆人事採用と配置

・採用基準が整備され、採用方法の合理性という点において、十分な検討が行われているか。

・人事・労務部門に採用係を設置し、要員計画を基に統一的に実施されているか。

・適材適所を実現するために定期的な配置転換が図られているか。

◆時間外労働の状況

・時間外労働は労働法に準拠して行われ、残業代は適時に支払われているか。

・労働組合および労働者と協議を経た後に、労働時間を延長しているか。

・所定労働時間を超えて残業を行う場合、従業員は同意文書にサインしているか。

◆労働組合との連携

・労働組合は企業側の積極的な協力者として行動しているか。

 

中国拠点の労務監査の今後について

本ブログでは、主に中国における労働法と労務環境の特徴や現状を解説してきましたが、人事労務の監査に関しては、その他に人事評価や社会保険、労災などの確認すべき事項があります。

中国拠点の内部監査を実施する際は、中国の特殊性を十分に考慮する必要があります。また、中国では、市場環境の急速な変化に伴い法律が頻繁に改正されますので、常にその動向を把握することも大切です。

 

まとめ

■中国の労働法の特徴

地方法令の適応:中国の労働法以外に、所在の地方法令も参照する。

労働組合の設置:労働者の要求に応じて、労働組合を設立する必要がある。

■中国の労働法の概要

就業規則:労働報酬、勤務時間、休息休暇などの8つの事項を明文化しないといけない。

労働時間:標準労働時間は1日8時間で、週40時間以内と定められている。

残業時間:原則1日1時間、特別な事情がある場合でも1日3時間、1ヶ月36時間の限度が設けられている。

■中国の労務環境の実状

労働組合:企業内で労働争議が発生した場合、調停を行い、従業員の福利厚生向上の役割を持つ。

残業時間:標準労働時間を超えても、法定どおりの割増賃金を払っていれば、特にお咎めがないのが現状である。

■中国拠点の人事労務監査ポイント

就業規則の整備:必要な事項(前述の8つ事項と病休事項など)が網羅されているか

労働契約の締結:雇用契約書に必要記載事項(労働契約法に準拠)が欠いていないか

時間外労働の状況:時間外労働は労働法に準拠して行われ、残業代は適時に支払われているか

労働組合との連携:労働組合は企業側の積極的な協力者として行動しているか

■中国拠点の労務監査の今後について

・中国拠点の内部監査を実施する際は、中国の特殊性を十分に考慮に入れる。

・労働市場環境の急速な変化に伴い法律が頻繁に改正されるため、その動向を把握する。

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