国際的なビジネス環境が加速する現代において、IFRS(国際財務報告基準)は、世界共通の「会計の言葉」としてその重要性を増しています。世界中の企業が同じルールで財務情報を開示することで、投資家や取引先が企業を比較・評価しやすくなります。これが、IFRSの基本的な役割です。
かつて日本では、IFRSを強制適用するという議論が巻き起こり、企業はその動向に注目していました。2011年にこの強制適用は見送られ、現在に至るまで企業による任意適用の形が採られています。
強制適用の話がなくなったとき、IFRSは日本企業にとって遠い存在になったと感じたかもしれません。しかし、現在強制ではないにもかかわらず、多くの日本企業がIFRSを導入しています。なぜでしょうか。また、IFRSを導入することで企業は具体的にどのように変わり、どのようなメリットを享受できるのでしょうか。
本稿では、改めてIFRSを導入する理由を深掘りし、その具体的な利点について解説します。
なぜ、今なお多くの日本企業が導入しているのか?
IFRSは世界中で採用が進んでおり、日本企業も例外ではありません。導入を後押しする背景には、主に3つの大きな流れがあります。
◆ グローバル化の進展と会計基準の統一
現代の企業活動は、もはや国内市場だけにとどまりません。製品の調達、生産、販売、そしてM&Aなどの戦略的な活動は国境を越え、グローバルに進展しています。グローバル化が進むにつれて、海外子会社や現地の取引先との間で異なる会計基準が使われているという問題が顕在化します。親会社が日本基準、海外子会社が現地基準を採用している場合、グループ全体の業績を把握するためには、毎回複雑な調整や換算作業が必要になり、大きな時間的・コスト的負担となっています。 IFRSは、世界共通の会計基準であるため、これを採用して会計ルールを統一することで、グループ全体の財務報告の信頼性を高め、経営管理のスピードアップを図ることができます。
◆ 市場からの要請、海外投資家の関心の高まり
もう一つの大きな要因は、海外投資家からの要請です。
日本企業の株式は、国内の投資家だけでなく、欧米やアジア圏の巨大な年金基金やヘッジファンドなど、世界中の機関投資家から注目されています。これらの海外投資家は、自国や他の多くの国で使われているIFRSによる情報開示を最も信頼しています。 IFRSで財務諸表を開示することは、世界共通の「言語」で自社の経営状況を伝えることに他なりません。これにより、日本企業はグローバルな投資家コミュニティに対して、直接的かつ透明性の高い方法で情報を提供できるようになり、結果として企業の株価や評価の向上につながるのです。
◆ 日本企業におけるIFRSの定着
上述のような流れを受け、IFRSは日本において「選択できる会計基準の一つ」として完全に定着したと言ってよいでしょう。
日本取引所グループの公表(2025年8月8日付、2025年3月期決算会社までの集計)によると、IFRS適用済会社、IFRS適用決定会社、IFRS適用予定会社の合計は300社(前年比+16社)、この300社の時価総額は全体の時価総額の49.8%(前年比+0.9%)というおよそ半数を占める結果になりました。加えて、90社がIFRS適用に関する検討を実施している会社となっています。
特に、グローバルに事業を展開する大企業や製造業、商社などにおいて導入が加速しており、日本においてIFRSが「標準的な会計基準」として認識されつつあることがうかがえます。
IFRSを導入することは、「先進的な取り組み」ではなく、「グローバル企業としての必須条件」になりつつあります。
IFRSの導入は、グローバル化によるグループ会計の非効率性解消と、海外投資家への透明性の高い情報開示を背景に進んでいます。日本企業においても大企業を中心に採用が定着し、IFRSはグローバル企業としての必須条件となりつつあります。
IFRS導入の利点その1~グローバル市場への対応~
ここからは、IFRS導入が企業にもたらす具体的なメリットを、3つの側面から掘り下げて解説します。
IFRS導入によるメリットの一つ目は、企業をグローバル市場の舞台へと押し上げることです。
◆ 海外投資家への強力なアピール
海外投資家は、世界中の投資候補企業を比較検討しています。その際、各国バラバラの会計基準では比較が非常に困難なものになります。
IFRSは、いわば世界の企業を測る共通の物差し、共通の尺度です。 IFRSで財務報告を行うことにより、欧米や他のアジア企業などとの財務状況の比較が容易になります。 この比較可能性の向上は、投資家が迅速かつ自信を持って投資判断を下せるようにするため、海外からの投資を呼び込みやすくする要因となります。結果として、企業の資金調達機会を増やし、資本コストの低減にも貢献するでしょう。
また、将来的に海外市場への上場や、海外での社債発行といった大規模な資金調達を行う際、IFRSの財務諸表があれば、手続きが格段にスムーズになり、より有利な条件で資金を調達できる可能性があります。
◆ M&Aを含めた業務提携の円滑化
グローバルな提携戦略においても、IFRSは重要な役割を果たします。
海外の提携候補企業やM&Aのターゲット企業を選定するなど、財務情報を評価する際、財務諸表の解釈に誤りが生じにくくなります。企業価値評価(バリュエーション)のプロセスが迅速かつ明解に行えるため、交渉にかかる時間やコストを大幅に削減できます。
例えば、日本独自の会計処理である「のれん」について、日本基準では定額で償却することが一般的ですが、IFRSでは非償却で減損テストを行い、毎年のれんの妥当性を判断します。こうした会計ルールの違いは提携交渉の障害になることがありますが、IFRSにより、そのような「会計の壁」を取り払うことができます。これにより、意思決定から実行までのスピードが上がり、迅速な事業ポートフォリオの再編が可能になります。
IFRS導入のメリットの一つ目は、海外投資家へのアピール力強化と資金調達の円滑化です。会計基準の統一により、海外企業との比較が容易になり、資金調達や業務提携をスムーズに進められるようになります。
IFRS導入の利点その2~経営管理の高度化~
IFRSは、単なる報告ルールの変更にとどまらず、企業経営の収益性をより実態に即して可視化し、経営管理を高度化するツールとしても機能します。
IFRSが採用する原則主義は、形式的なルールよりも経済実態や取引の本質を重視します。この原則に基づき、IFRSでは連結の範囲や金融商品の評価、公正価値評価の範囲拡大などにおいて、日本基準と比べ企業の「真の価値」をより明確に反映します。 この経済実態に基づく情報開示は、経営判断の質の向上へとつながります。経営者は「会計上の利益」だけでなく、「経済的な実態に基づく企業価値と収益性」を把握しやすくなり、本質的な経営指標に基づいた意思決定が行えるようになるということです。
また、グローバル企業においては、日本の親会社と海外子会社の業績を全く同じルールで比較できるようになるため、IFRSによるグループ全体の会計基準の統一が、経営判断の迅速化を促します。これにより、どの事業や地域で最も収益が高いのかを正確に把握し、リソース配分や事業撤退・強化の判断を迅速かつ客観的に下せます。
さらには、財務報告だけでなく、経営管理に用いる重要業績評価指標(KPI)においても、IFRSの考え方に基づいて定義や算出ロジックを統一することで、グループ全体で共通の目標に向かって進むことが容易になります。
このように、IFRSはグローバルに分散した事業活動を、親会社の視点から一元的に、かつ実態に即して「見える化」するための強力な基盤となるのです。
IFRSは、原則主義に基づき収益性や「真の価値」を実態に即して可視化します。収益認識や資産の公正価値評価により、本質的な経営指標に基づいた意思決定が可能になり、グローバルな業績比較やKPI統一が進むことで、経営管理の高度化と迅速な判断を促進します。
IFRS導入の利点その3~業務効率の向上~
IFRS導入は、経理・財務部門の業務プロセスにも大きな変革をもたらし、結果的にグループ全体の効率化に貢献します。
◆ グループ経営管理・連結決算の効率化
IFRS導入以前のグローバル企業では、「親会社=日本基準」「海外子会社=現地基準」という状況が一般的でした。このような状況で連結決算を行う際には、各子会社の財務情報を親会社の基準に合わせて一つ一つ組み替えるコンバージョン作業が発生します。この組替作業は複雑でミスが発生しやすく、決算早期化の大きな足かせとなっていました。しかしIFRSを導入すれば、国内子会社・海外子会社すべての会計ルールが統一されますので、コンバージョン作業の大幅に簡素化、あるいは作業自体が不要になります。 また、決算の早期化においても、各子会社から上がる財務情報が最初からIFRSベースであるため、親会社での連結作業がスムーズになり、決算業務全体の省力化・早期化につながります。子会社側にとっても、現地用と親会社用で二種類の会計処理を行う必要がなくなるため、経理部門の負担軽減になります。
◆ 会計システムの最適化とデータの一元化
会計基準の統一は、それを支える会計システムの最適化を促します。
IFRS導入の機会に合わせて、グループ全体で標準化された会計システムやERPを導入する企業は多いですが、これによってグループの財務データが一つの基盤に集約されることになります。データの一元化は、経営陣がいつでも最新かつ正確なグループ全体の財務情報にアクセスできる環境を作り出し、ガバナンスの強化にもつながります。
IFRSは、単に決算書を作成するための基準にとどまらず、経理・財務部門が戦略的な部門としてグループの成長を支えるための、効率的なインフラを構築する契機となるのです。
グループ全体をIFRSで統一化することで、連結決算の複雑な組替作業が不要になるため、決算業務の効率化・早期化につながります。システムの一元化を促す効果も期待できるので、ひいてはガバナンス強化にもつながります。
まとめ
IFRSは世界中で採用が進んでおり、日本企業も例外ではありません。導入の背景には、3つの大きな流れがあります。
◆ グローバル化の進展と会計基準の統一
会計ルールを統一することで、グループ全体の財務報告の信頼性を高め、経営管理のスピードアップを図ることができます。
◆ 市場からの要請、海外投資家の関心の高まり
IFRSで財務諸表を開示することは、海外投資家に向けて世界共通の「言語」で自社の経営状況を伝えることになります。
◆ 日本企業におけるIFRSの定着
グローバルに事業を展開する大企業や製造業、商社を中心に「標準的な会計基準」として、IFRSは日本で定着しました。
このような背景を踏まえ、IFRS導入が企業にもたらすメリットを、3つの面から掘り下げます。
● グローバル市場への対応
IFRSで財務報告を行うことにより、欧米や他のアジア企業などとの財務状況の比較が格段に容易になります。
海外の提携候補企業やM&Aのターゲット企業の財務情報を評価する際、財務諸表の解釈に誤りが生じにくくなります。
● 経営管理の高度化
IFRSが採用する原則主義に基づくことで、経済的な実態に基づく企業価値と収益性を把握しやすくなります。
KPIにおいても、定義や算出ロジックを統一できるので、グループ全体で共通の目標に向かって進むことが容易になります。
● 業務効率の向上
コンバージョン作業の簡素化によって決算の早期化のほか、子会社側の経理業務負荷軽減にも寄与します。
会計基準の統一により、会計システムの一元化や最適化、ひいてはガバナンス強化にも貢献します。