IPO準備企業における内部監査:求められる実務と心得

IPO準備企業における内部監査人には、監査を実施して課題を提示する「指摘者」ではなく、現場との対話を重ねながら課題の本質を捉え、解決に導く「伴走者」として振る舞うことが求められます。IPOにおける内部監査は、規程や業務が適切に運用されているかを確認するだけではありません。上場によって社会的な存在意義と責任が一層高まることを見据え、本質的な改善につなげていくことが重要です。
本記事では、IPO準備企業における内部監査部門の体制・要件をはじめ、監査範囲や監査手法といった実務上のポイント、監査で発見した課題の解決に向けたプロセス、内部監査人に求められる経営・現場とのコミュニケーション力などのソフトスキルについて、実務の観点から解説します。
IPO準備企業における内部監査の目的
本目次では、IPOにおいて内部監査が求められる背景、求められる役割、IPO準備における内部監査部門の特徴を解説します。
▼IPOにおいて内部監査が求められる背景
上場審査では、企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が適切に整備され、機能しているかが確認されます。内部監査は、内部管理体制が有効に機能していることをモニタリングする重要な機能の1つです。そのため、IPO準備企業においては、内部監査の仕組みを整備するだけではなく、自社の事業やリスクを踏まえて監査を実施し、その結果を改善につなげることにより、実効的に機能させることが重要です。
▼内部監査の役割
IPO準備企業における内部監査の基本的な役割は上場企業と同様、内部管理体制及びリスクマネジメントが適切に機能しているかをモニタリングし、改善を促すことです。内部監査は、取締役の職務執行等を監査する監査役監査、監査法人による財務諸表監査と、その目的や役割が異なります。それぞれが独立した立場から監査を行うとともに、相互に情報を共有します。相互に連携する「三様監査」の体制が適切に構築されているかも、上場審査における重要な確認事項になります。また、内部統制報告制度(J-SOX)の対応を内部監査部門が担うケースも多く見られますが、J-SOXと内部監査は明確に区別して理解する必要があります。J-SOXでは、財務報告の信頼性が評価対象となりますが、内部監査では、財務報告に限らず、法令遵守・業務の有効性・効率性・資産保全等を含め、内部統制が適切に機能しているかを監査します。
▼IPO準備における内部監査部門の特徴
上場審査では、内部監査の実施状況を説明する機会があります。自社のリスクを把握したうえで監査を実施し、発見した不備や課題、およびその対策を説明する必要があります。上場申請書類や質問書への、内部監査の実施状況・監査結果に関する記載や、内部監査部門への個別インタビューがあります。内部監査で検出された課題や是正状況を説明できない場合、内部監査の実効性について確認や指摘を受ける可能性があります。
上場審査を見据えた内部監査において重要なのは、「監査を実施した」という事実そのものではありません。監査を通じて発見した課題を本質的な改善につなげ、その過程と結果を客観的に説明できることが重要です。

内部監査部門に求められる体制と人材
本目次では、上場審査に耐えうる内部監査部門をどのように構築していくべきか、「体制」と「人材」に焦点を当てて解説していきます。
▼体制
内部監査部門は「独立性」を確立することが求められます。具体的には、内部監査の対象となる業務を遂行せず、その業務に関する責任を負わないこと、内部監査の実施に必要な情報へ制限なくアクセスできる環境が必要です。内部監査部門においては、代表取締役だけでなく、必要に応じて、取締役会や監査役等にも直接報告できる経路を確保しておくことも重要です。一方、上場審査上、独立した内部監査部門を必ずしも設置しなければならないわけではありません。監査リソースが不足する場合は、他部門の担当者が相互に監査する「クロス監査」も考えられます。しかし、クロス監査を採用した場合、監査担当者の専門性や独立性の確保が課題になります。特に、労務・会計・情報システム等の専門性の高い管理部門では、当該領域の専門知識を十分に有しない担当者が監査を行った場合、本質的な課題の発見や是正、その後のモニタリングが難しくなる可能性があります。
▼人材
内部監査部門には、誠実性を備え、客観的な視点を持ち、監査を遂行するための専門的知識を有する人材を配置することが重要です。特に内部監査部門長には、経営層に対して監査結果やリスクを適切に報告し、必要な改善を促す能力が求められます。また、IPO準備企業では、改善すべき課題が数多く発見されることがあり、被監査部門に問題点を指摘するだけではなく、課題の背景やリスクを理解を得て、改善に向けて行動を促すための対話力も、内部監査担当者に求められます。なお、内部監査部門の人員数は、従業員数だけを基準として機械的に決定することは避けるべきです。必要な人員数は、事業・組織の複雑性、拠点数、子会社の有無、海外拠点の有無、IT環境、監査対象業務の範囲、専門性等を総合的に踏まえて決定すべきです。
IPO準備企業における内部監査部門の体制は、規模に応じて最小限の体制を整えるという発想ではなく、自社のリスクを捉え、改善を促すために必要な「独立性・専門性・対話力の確保」という視点からの検討が求められます。

監査範囲と監査手法
本目次では、IPO準備企業における「監査範囲」「監査テーマ」の決定方法、および「監査手法」について解説していきます。
▼監査範囲
監査範囲は、「全拠点を一巡させる」という観点と「拠点の特性に応じ、監査の深度に濃淡を付ける」という観点から整理すると分かりやすくなります。海外を含め、支社、店舗、工場、関係会社等が存在する場合には、上場審査を見据え、内部監査人が各拠点の実態を把握しておくことが重要です。必要に応じて実地で監査を行うことも検討します。また、利用システムについても、網羅的に洗い出したうえで、各システムの用途、利用者、取り扱うデータ、アクセス権限、セキュリティ対策等を把握することが重要です。ただし、全ての拠点・業務・システムに対して一律に同じ深度で監査する必要はありません。各拠点の事業内容、取引規模、組織体制、システムの特性、取り扱うデータの重要性等を踏まえ、監査テーマや監査手続に濃淡を付けていきます。
▼監査テーマ
監査テーマは、「基本的な監査テーマ」と「IPOにおける重要な監査テーマ」の2つの観点から整理します。基本的な監査テーマは、ガバナンス・内部統制・法務・人事労務・経理財務・情報システム等の管理業務、販売・購買・在庫等の業務プロセスです。業務プロセスについては、J-SOXと重複する部分も多く、その評価結果を活用することで効率化できます。一方、IPO準備企業においては「稟議」「反社会的勢力への対応」「勤怠管理」「広告審査体制」等も重要なテーマです。例えば、稟議の未実施・事後承認の有無、反社会的勢力排除条項の整備、勤怠情報の適切な取得・管理、広告審査結果の記録等を確認します。上場審査で問題となり得る事項を早期に発見し、審査開始までに是正する観点から、可能な限り網羅的に確認します。
▼監査手法
規程や業務フロー等に照らし、業務が適切に実施されているかを確認する「準拠性監査」が基本になります。そのために、事業特性や業務プロセス等からリスクを抽出し、監査項目をチェックリストに整理します。その際、リスクが顕在化した場合の影響を具体化することが重要です。例えば、広告審査であれば、「法令違反や不適切な表示により顧客からの信頼を失い、企業価値が毀損する」といった形です。リスク顕在化時の影響を明確にすることで、必要な内部統制や既存の統制の有効性を判断しやすくなり、不備を発見した際にも、その是正が必要な理由をリスクとの関係から説明できます。
自社の拠点、事業内容から監査範囲・監査テーマを定め、リスクが顕在化した場合の影響を記載したチェックリストの整備したうえで、実地監査・証憑の閲覧・インタビューといった手法を組み合わせて、監査を実施していきます。

指摘から伴走へ:本質的な改善
監査は、発見した不備を報告して完了するものではありません。IPO準備企業では、被監査部門による適切な是正を促し、最終的にリスクが十分に低減されたことを確認することが重要です。本目次では、不備の報告から原因分析、改善計画の策定、是正状況のモニタリング、改善完了の確認までのプロセスを解説します。
▼報告から是正完了までのプロセス
監査結果は「監査報告書」に取りまとめ、代表取締役に報告します。代表取締役が被監査部門に改善を指示し、被監査部門は不備原因を分析し、「改善計画」を策定します。内部監査部門は、改善計画を受領した後、責任者、改善内容、対応期限等を「不備事項一覧」などで管理し、是正状況を継続的にモニタリングします。特に重要な不備や対応が遅延している事項については、経営者が適時に把握できる状態を確保することが重要です。対応期限を迎えた段階で、改善計画に基づく是正措置が実施されていることを確認します。その際、規程や業務フローが改訂されたことだけでなく、運用状況や証跡を確認し、リスクが十分に低減されていることを確認します。リスクが低減されたことを確認した段階で、「不備事項一覧」のステータスを「完了」とします。
▼是正されない場合の対処法
是正が予定どおり進まない場合、被監査部門の理解不足やリソース不足等が原因であれば、内部監査部門が対話を重ね、不備を是正する必要性について共通認識を形成することが重要です。例えば、①現在の対応ではなぜリスクを十分に低減できないのか、リスクが顕在化した場合にどのような損害が生じ得るのかを具体的に説明する、②複数の是正策を提示する、といった対応が考えられます。ただし、内部監査部門自身が改善策を実行することは、独立性の観点から避ける必要があります。それでも被監査部門による是正が進まない場合は、重要性や緊急性等を踏まえ、「執行役員→代表取締役→取締役会」等の適切な経路でエスカレーションすることを検討します。
また、企業文化や業務慣行が原因の場合、個別部門への改善指示だけでは再発防止が難しいことがあります。例えば、ベンチャー企業に見られる「効率性やスピードを優先する」という慣行が背景にある場合には、内部監査部門から取締役会や監査役等に状況を報告し、経営者から全社的な方針を示してもらうことも検討します。
IPOにおける内部監査で重要なのは、監査報告書や指摘事項の数ではありません。自社のリスクを捉えて課題を発見し、被監査部門・経営者とのコミュニケーションを通じて本質的な改善につなげ、その改善の内容や効果を客観的に説明できる状態を整えることが、実効的な内部監査につながります。

まとめ
▼IPO準備企業における内部監査の目的
・内部監査では、財務報告・法令遵守・業務の効率性・資産保全等を含め、内部統制が適切に機能しているかを監査する。
・上場審査において、内部監査人は会社に潜むリスクを捉え、発見した課題を本質的な改善につなげていることを説明する。
▼内部監査部門に求められる体制と人材
・体制:「独立性」と「実効性」が達成できる内部監査部門を設置する。
・人材:誠実性、客観性、専門的知識を有していることに加え、被監査部門との対話力が求められる。
▼監査範囲と監査手法
・監査範囲:「全拠点を一巡させる」という観点と「拠点の特性に応じ、監査の深度に濃淡を付ける」という観点から整理する。
・監査テーマ:「基本的な監査テーマ」と「IPOにおける重要なテーマ」の2つの観点から整理する。
▼指摘から伴走へ:本質的な改善
・被監査部門には、「リスクが顕在化した場合の損害」、「複数の是正策案」を提示しながら説明する。
・不備事項が、社内の文化等、組織横断的な事象が原因である場合、経営者からトップダウンで各部門に周知徹底させる。